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阿部技術士・労働安全コンサルタント事務所は、ものづくりの現場における労働安全の構築と品質の作り込みをサポートします。

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よろず見聞録31Experience & knowledge

31-3)宮崎・高千穂峡

 高千穂町は、天孫降臨の地(諸説ある内の一つ)と呼ばれ、宮崎県の北端にあり、熊本と大分の両県に接しています(写真1.高千穂峡・真名井の滝)。 
 天孫降臨とは、日本神話では、アマテラスオオミカミの孫ニニギノミコトが、アマテラスオオミカミ(天照大神)の神勅を受けて葦原の中つ国を治めるために高天原から日向国の高千穂峰へ天降ったこととあります。
 高千穂峰
は、宮崎県と鹿児島県の県境に位置する霧島連峰の第二峰、標高1574mの火山です。このように、宮崎県には古代発祥の地とも言える「高千穂」が二か所あります。
 2018年1月21日、訪れた高千穂町で日向神話関連系図(写真2)を見つけました。高天原から降臨されたニニギノミコト(@)からホオリノミコト(A)、ウガヤフキアエズノミコト(B)までが日向三代と呼ばれ、日向神話を由来とする伝承・旧跡などが、数多く残されています。
 また、岩戸隠れ伝説のアマテラスオオミカミはニニギノミコトの祖母とされ、東征伝説を伝える神武天皇はウガヤフキアエズノミコトの子とされています。
写真1.
宮崎・高千穂峡
(2018年1月21日撮影)

写真2.
日向神話関連系図
(2018年1月21日撮影)

 当事務所では人間行動に起因する事故・品質トラブルの未然防止をお手伝いします。また、ものづくりの現場の皆様の声を真摯に受け止め、ものづくりの現場における労働安全の構築と品質の作り込みをサポートします。(2018.1.21)
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31-2)知覧・特攻平和会館/桜島/黒酢の里桷志田/霧島酒造(宮崎・シェラトン泊)

 2018年1月20日、鹿児島県知覧町にある知覧特攻平和会館を訪れました(写真1)。入館のパンフレットには次のように紹介されています。
  
「この知覧特攻平和会館は、第二次世界大戦末期の沖縄戦において特攻という人類史上類のない作戦で、爆装した
 飛行機もろとも敵艦に体当たり攻撃をした陸軍特別攻撃隊員の遺品や関係資料を展示しています。  
  私たちは、特攻隊員や各地の戦場で戦死された多くの特攻隊員のご遺徳を静かに回顧しながら、再び戦闘機に爆弾
 を装着し敵の艦船に体当たりをするという命の尊さ・尊厳を無視した戦法は絶対とってはならない、また、このよう
 な悲劇を生み出す戦争も起こしてはならないという情念で、貴重な遺品や資料をご遺族の方々のご理解ご協力と、関
 係者の方々のご尽力によって展示しています。
  特攻隊員達が二度と帰ることのない「必死」の出撃に臨んで念じたことは、再びこの国に平和と繁栄が甦ることで
 あったろうと思います。
  この地が出撃基地であったことから、特攻戦死された隊員の当時の真の姿、遺品、記録を後世に残し、恒久の平和
 を祈念することが基地住民の責務であろうと信じ、ここに知覧特攻平和会館を建設した次第であります。」

 
 太平洋戦争直前の1941年12月、鹿児島県知覧町に建設された知覧基地は、太刀洗陸軍飛行学校(現在の福岡県三井
郡大刀洗町と朝倉郡筑前町にまたがる地域)の分教所となりました。既に、1936年4月1日、鹿児島県鹿屋市には鹿屋
海軍航空隊が創設されておりました。
 知覧から出撃したのは基本的には陸軍の部隊で、実際に、出撃した航空機数や戦死者数は海軍の鹿屋基地の方が多いようです。また、戦史では、振武隊は知覧から、神風特別攻撃隊は鹿屋から出撃と厳密に区別しているようです。  
 知覧特攻平和会館は、1975年、知覧基地跡の一角に建設されました。
 1984年5月に上梓された「失敗の本質」(日本軍の組織論的研究)は、学際的な共同作業による戦史の初の社会科学的分析とされていますが、「主観的で「帰納的」な戦略策定−空気の支配」という節に、次のような件があります。   
(前略)−この「空気」はノモンハンから沖縄までの主要な作戦の策定、準備、実施の各段階で随所に顔を出して
  いる。空気が支配する場所では、あらゆる議論は最後には空気によって決定される。ー(後略)−

 沖縄戦において特攻という人類史上類のない作戦の決定はどのようになされたのでしょうか。
 戦闘機に爆弾を装着し、敵の艦船に体当たりをするという命の尊さ・尊厳を無視した戦法を用いてしまった悲劇、そして、このような悲劇を生み出す戦争は絶対に起こしてはならないことを、知覧特攻平和会館が、後世に発信できる存在であり続けられるよう祈念してやみません。
 
 錦江湾に浮かぶ桜島は、鹿児島のシンボルといわれています。桜島観光ポータルサイト「みんなの桜島」には次のように紹介されています。
  
桜島は高さ1,117m(北岳・御岳)、面積約80km2、周囲約52km。北岳・南岳の2つの主峰から成る複合火山です。
  霧島錦江湾国立公園に指定されています。 桜島は約26,000年前に誕生し、17回の大噴火を繰り返してきました。
  以前はその名の通り「島」でしたが、1914年の大正噴火で流れた溶岩によって海峡が埋め立てられ、大隅半島の
  一部となりました。 現在も毎日のように小規模な噴火を繰り返しています。

 鹿児島港からフェリーに乗り、約15分で桜島港に到着です。有村展望所(写真2)で休憩した後、大隅半島側に抜
け、霧島市福山町にある黒酢レストラン「黒酢の郷 桷志田」に向いました。桜島を眼前に、黒酢の壷畑が 広がっていました。
 霧島酒造の霧島ファクトリーガーデンと志比田増設工場は都城市にあり都城ICから約15分のところにあります。工場見学が可能で、本格焼酎が誕生するまでの工程について説明してくれました。
写真1.知覧特攻平和会館/左:入館パンフレットより引用&右:2018年1月20日撮影
写真2.桜島・有村展望所/左:配付資料より引用&右:2018年1月20日撮影

 当事務所では人間行動に起因する事故・品質トラブルの未然防止をお手伝いします。また、ものづくりの現場の皆様の声を真摯に受け止め、ものづくりの現場における労働安全の構築と品質の作り込みをサポートします。(2018.1.20)
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31-1)阿蘇大観峰/仙巌園/城山公園/池田湖・開聞岳・長崎鼻(指宿温泉 泊)

 阿蘇大観峰は熊本県阿蘇市にある標高935.9mの外輪山です。古くは「遠見ヶ鼻」と呼称されていましたが、1922年5月に、熊本県出身の明治の文豪、徳富蘇峰によって「阿蘇大観峰」と命名されました。晴れていれば、阿蘇五岳や九重連山を一望できます。写真1の上段は阿蘇市のホームページから引用したものですが、下段は当日の阿蘇五岳です。うっすらと確認することができました。
 仙巌園は1658年に島津家19代光久により別邸として造られました。桜島を築山に、錦江湾を池に見立てた壮大な作庭は、数ある大名庭園の中でも他に類を見ないスケールの大きさと紹介されています。背景の樹木はかなり増やしているようですが、NHKの大河ドラマ「西郷どん」にも登場しています。写真2は入園時の案内マップに当日撮影した写真を合成したものです。
 尚古集成館本館は島津家800年の歴史や南九州の文化を紹介する博物館(写真4)で、世界遺産に登録されている建物は、1865年に竣工した日本最古の石造洋式機械工場「旧集成館機械工場(国重要文化財)」です。写真3は集成館事業の一つとして行われた反射炉跡とレプリカです。島津斉彬が日本を守るために建造させた鉄造りの施設です。オランダの書物を頼りにして、薩摩在来の伝統技術を用いて建造されたもので、薩摩藩が独自の近代化を遂げたことを証明する貴重な遺構であると紹介されていました。この時代に建造された反射炉で、現存する遺構として、萩反射炉や韮山反射炉があります。
 西郷隆盛の終焉の地である城山。現在は城山公園として整備され、自動車で登れます。標高110m足らずの決して高い山ではありませんが、鹿児島市内や錦江湾、桜島を望むことができます(写真5)。
 池田湖は、薩摩半島南東部にある九州最大のカルデラ湖(直径約3.5km、周囲約15km、ほぼ円形)です。巨大水棲生物の存在が報道され全国的に有名になった「イッシー」の正体は未だ不明のままです(写真6)。
 長崎鼻は、薩摩半島の最南端にある岬です。長崎鼻のすぐ西方には、開聞岳がそびえています。岬から眺める「開聞岳」の円錐状の山容は美しく別名「薩摩富士」とも呼ばれています。開聞岳は標高924mの火山で、1964年3月16日に、霧島屋久国立公園に指定されています。
写真1.大観峰から望む阿蘇5岳(上段:阿蘇市HPより引用 下段:霧の阿蘇5岳(2018年1月19日撮影))
写真2.鹿児島市・仙巌園 (2018年1月19日撮影)
写真3.左:島津・反射炉レプリカ&右上段:反射炉跡(2018年1月19日撮影)、右下段(案内マップより引用)

写真4.
旧集成館
上段2枚:案内マップより引用
下段2枚:2018年1月19日撮影

写真5.
鹿児島市・城山
(2018年1月19日撮影)

写真6.
鹿児島・池田湖
(2018年1月19日撮影)

写真7.
鹿児島・開聞岳&長崎鼻
(2018年1月19日撮影)

 当事務所では人間行動に起因する事故・品質トラブルの未然防止をお手伝いします。また、ものづくりの現場の皆様の声を真摯に受け止め、ものづくりの現場における労働安全の構築と品質の作り込みをサポートします。(2018.1.19)
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31)別府・明礬湯の里/湯布院・金鱗湖(杖立温泉・肥前屋泊)

 昨年(2017年)は、第15代将軍徳川慶喜が政権を朝廷に返上した大政奉還(1867年11月9日)から数えて150年、今年(2018年)は、明治改元から150年の節目になります。
 薩摩藩(鹿児島藩)は、1851年に第11代藩主となった島津斉彬の下で、集成館事業(洋式軍備、機械工場の設立など)を推進し、幕末の雄として抬頭しました。その後、薩英戦争を経て西郷隆盛ら倒幕派の下級武士へ藩の主導権が移ると、幕末には公武合体論や尊王攘夷を主張、長州藩と薩長同盟を結んで明治維新の原動力となりました。幕末から明治維新にかけて、西郷隆盛や大久保利通などの有力政治家を数多く輩出し、長州藩とともに有力な政治勢力を形成しました。
 2018年1月18〜21日、別府・湯布院・阿蘇を経由して鹿児島県、宮崎県を訪れました。
今回の旅のコースは次のとおりです。
 大分県 別府・明礬湯の里⇒湯布院・金鱗湖⇒杖立温泉・肥前屋(泊)
 熊本県 阿蘇・大観峰⇒仙巌園・尚古集成館⇒城山⇒(池田湖)(開聞岳)⇒長崎鼻⇒指宿温泉・指宿フェニックスホテル(泊)
 鹿児島県 知覧特攻平和会館⇒桜島⇒黒酢の郷、桷志田⇒霧島酒造⇒シェラトン・グランデ・オーシャンリゾート(泊)
 宮崎県 高千穂峡⇒臼杵
図1.
別府⇒南九州⇒臼杵
旅のコース
(出所:国土地理院の地形図に赤丸追記)

写真.1
別府 明礬湯の里
(2018年1月18日撮影)

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