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阿部技術士・労働安全コンサルタント事務所は、ものづくりの現場における労働安全の構築と品質の作り込みをサポートします。

TEL. 088-694-3482

〒771-1330 徳島県板野郡上板町西分字橋北16番地2

よろず見聞録45Experience & knowledge

45-5)トラピスチヌ修道院

 2022年9月9日、函館駅前から函館空港行きのシャトルバスで36分のトラピスチヌ修道院を訪れました。当修道院は高台にあるので、離れたところにある路線バスの停留所から歩くよりかなり楽です。
 厳律シトー会天使の聖母トラピスチヌ修道院のあゆみによると「トラピスチヌ修道院は1898年4月30日、フランス、ウプシーにあるトラピスチヌ修道院から派遣された8名の修道女によって設立された。その後、1925年10月には本館の建物の大半を焼失したが、全員再建に努め、1930年、現在の建物が完成した。」とあります。また、当修道院のホームページには次のように説明されています。   

   厳律シトー修道会(O.C.S.O.)は、カトリック教会の中で、祈りと労働を主要な手段として神と人々に奉仕する
   隠世共住修道会です。1098年、フランスのモレスム修道院の聖ロベルト、聖アルベリコ、聖ステファノ・ハー
   ディング諸修道院長を含む20名ほどの修道者たちによって、 フランスのシトーと呼ばれていた荒れ地に、シト
   ー修道院が創立されました。 更に1125年頃シトー直属の子院として、タールと呼ばれる最初の女子修道院が創
   立されています。

 函館のトラピスチヌ修道院は日本最初の観想女子修道院です。修道院内は男子禁制ですが、庭園や売店は一般に開放されており自由に見学ができます。


写真1.
上段:トラピスチヌ修道院(正門から続く前庭)
中段:トラピスチヌ修道院正門、下段:トラピスチヌ修道院の始まり
(2022年9月9日撮影)


 当事務所では人間行動に起因する事故・品質トラブルの未然防止をお手伝いします。また、ものづくりの現場の皆様の声を真摯に受け止め、ものづくりの現場における労働安全の構築と品質の作り込みをサポートします。(2022.9.9)
                                          

45-4)土方・啄木浪漫館(ホテルリソル函館泊)

 2022年9月8日、日の出町の土方・啄木浪漫館と隣接する啄木小公園を訪れました(写真2)。ここ大森浜の海岸は22歳頃の啄木が好んで訪れていた場所で、写真1の上段は津軽海峡を背景にした歌碑で啄木が詠んだとされる「潮かをる北の浜辺の砂山のかの浜薔薇よ今年も咲けるや」という短歌が刻まれています。公園では毎年6月上旬から赤や白の浜薔薇(はまなす)の花が咲くらしいのですが、訪れた9月には花は散り、赤い実が生っていました(写真1中段)。
 また、写真1の下段は啄木浪漫館の敷地にある本型の歌碑で、1910年に刊行された啄木の処女歌集「一握の砂」に収められている短歌「
砂山の砂に腹這ひ  初戀の  いたみを遠くおもひ出づる日」が刻まれています。啄木はこの歌集で短歌を三行書きするという斬新な手法を用いています。



写真1.上段:はまなすの丘、中段:浜薔薇(はまなす)の実
下段:本型の歌碑(一握の砂)(2022年9月8日撮影)



写真2.土方・啄木浪漫館(正面と側面)(2022年9月8日撮影)


 当事務所では人間行動に起因する事故・品質トラブルの未然防止をお手伝いします。また、ものづくりの現場の皆様の声を真摯に受け止め、ものづくりの現場における労働安全の構築と品質の作り込みをサポートします。(2022.9.8)
                                          

45-3)五稜郭タワー/五稜郭/函館奉行所

 2022年9月8日、特別史跡五稜郭を訪れました。五稜郭タワーの展望台(86m、90m)から五稜郭の全景を確認した後、五稜郭へと進み、2010年に五稜郭内に復元された函館奉行所に入りました。
 1868年の戊辰戦争は開国か鎖国かを巡る対立から発展したもので、旧幕府海軍の副総裁榎本武揚も艦隊を率いて蝦夷地へ渡り五稜郭を本拠地としました。1869年3月、明治政府は軍隊を派遣し、箱館戦争が始まりました。圧倒的な戦力で進攻してくる政府軍に五稜郭へ追い詰められ、土方歳三など歴戦の強者も相次いで戦死、旧幕府軍はついに降伏しました。
 1854年の日米和親条約締結により箱館は開港場として国際都市になりました。箱館奉行所は開港場となった箱館を治め外国との交渉や海岸の防備、蝦夷地を治めるために設置されたものです。当初、函館山のふもとに設置されていた奉行所は箱館湾からの攻撃の対象になるとの理由で3km以上離れた場所への移転が検討され、移転先の候補として五稜郭の築造が考案されたようです。五稜郭を設計した武田斐三郎はフランス人から贈られた書物を参考にしてヨーロッパの城郭都市をモデルとする要塞を考案、7年の歳月をかけ、1864年に完成、同時に奉行所も移転しました。1871年、明治政府は五稜郭内の全ての建物を解体したので、奉行所の業務としての使用は僅か7年でした。1914年6月以降、公園として開放していましたが、1952年3月、五稜郭は特別史跡に指定されています。
 1985年から函館市は発掘調査を始め、古写真や文献資料、古図面など多方面からの調査を基に奉行所復元を検討、2006年に復元工事に着手、2010年に140年の時を超えて函館奉行所は再現されました。



写真1.上段左:特別史跡五稜郭、上段右:五稜郭から見た五稜郭タワー
中段及び下段:世界の五稜郭(2022年9月8日撮影)



写真2.上段:函館奉行所(入館パンフレット)、下段:函館奉行所全景

(2022年9月8日撮影)
 
 当事務所では人間行動に起因する事故・品質トラブルの未然防止をお手伝いします。また、ものづくりの現場の皆様の声を真摯に受け止め、ものづくりの現場における労働安全の構築と品質の作り込みをサポートします。(2022.9.8)
                                           

45-2)函館山夜景(ホテルリソル函館泊)

 函館山は函館市の市街地西端にある山であり、約5000年前に北海道と陸続きになった陸繋島でもあります。標高334m、周囲約9kmの函館山は陸軍の要塞で、一般の立ち入りが禁止されていました。戦後、約50年ぶりに一般開放され、1953年に山頂に展望台が開設されました。そして、1958年には山麓と山頂を結ぶロープウェイが開業し、快適に眺望を楽しむことができるようになりました。2022年9月7日は、18時30分頃からの夜景観賞を目指して、上りは函館山ロープウェイ、下りは登山バス(山頂⇒函館駅前)を利用しました。


写真1.上段:函館山(ロープウェイから撮影)、中段:函館山頂上
下段:函館山夜景(2022年9月7日撮影)

 
 当事務所では人間行動に起因する事故・品質トラブルの未然防止をお手伝いします。また、ものづくりの現場の皆様の声を真摯に受け止め、ものづくりの現場における労働安全の構築と品質の作り込みをサポートします。(2022.9.7)
                                          

45-1)函館元町/教会巡り&坂道散歩

 函館は1869年に開拓使が設置されるまでは「箱館」と表記されていました。しかし、その後も「函」と「箱」は混用されていたようですが、1876年9月、開拓使は「函」の字が正しい旨、文書に残しています。
 1853年、アメリカ海軍東インド艦隊の提督ペリーは浦賀に来航し、日本に開国を要求しました。1854年、日米和親条約締結により箱館は下田と共に開港されました。その後、1858年に締結した日米修好通商条約により、神奈川(横浜)、長崎、新潟、兵庫の4港が追加して開港されました。
 日米和親条約は、1854年、アメリカのペリーと老中筆頭の阿部正弘、大学頭の林復斎との間で結ばれた和親を結ぶための条約で、貿易に関する内容は他の条約で定めるとしています。一方、日米修好通商条約は、1858年、初代駐日総領事のハリスと大老の井伊直弼との間で結ばれた条約で、貿易のルールを定めています。
 開港後、外国人居留地が定められた函館には多くの外国人が住んでいました。特に、開港当時函館の中心地だった元町エリアには領事館や教会が建てられました。また、外国の文化をいち早く受け入れた多くの和洋折衷の住宅が並び、今なお、異国情緒があふれるエリアになっています。
 写真1の上段はフォトジェニックな坂道が多い元町エリアの中でも有名な八幡坂です。また、中段は18ある坂道の名称、下段はこのエリアが重要伝統的建造物保存地区であること紹介したものです。



写真1.上段:八幡坂、中段:坂道名称一覧、
下段:重要伝統的建造物保存地区の概要(2022年9月7日撮影)


写真2.上段:函館ハリストス正教会、下段:復活聖堂保存修理工事の概要
(2022年9月7日撮影)



写真3.上段:カトリック元町教会、下段:カトリック元町教会の概要
(2022年9月7日撮影)


 当事務所では人間行動に起因する事故・品質トラブルの未然防止をお手伝いします。また、ものづくりの現場の皆様の声を真摯に受け止め、ものづくりの現場における労働安全の構築と品質の作り込みをサポートします。(2022.9.7)
                                          

45)函館/函館山・五稜郭・土方啄木浪漫館・トラピスチヌ修道院

 2022年9月7〜9日、ホテルを選べるフリープランを利用して函館に行きました。台風11号の影響を心配していたのですが、9月7日、9時15分徳島発で羽田に向いました。羽田では乗り継ぎのため凡そ2時間半の待ち時間がありました。 羽田13時発、JAL便、函館空港には定刻の14時20分に着きました。
 今回の旅のコースは図1のとおりです。


図1.徳島⇒羽田⇒函館⇒函館元町⇒函館山⇒ホテルルソル函館泊
⇒五稜郭タワー⇒五稜郭⇒土方・啄木浪漫館⇒ホテルルソル函館泊
⇒トラピスチヌ修道院⇒函館⇒羽田⇒徳島(出所:旅に出たくなる地図、赤丸筆者追記)

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